あの頃のこと(2)個別のルートと退屈のはじまり

yumiage3-e1364231542439
3歳の夏、祖母宅で。このワンピースは薄いブルーで、のちに大きなお人形に着せて遊んでいました。おんぶして歩いていて、ドブに落としたお人形です。当時は、まだ家の周囲にフタのない溝がたくさんあったのです。

母はわたしの誕生日が遅いことを気にして、
勉強についていけるかどうかを心配していたのでしょう。
就学前のわたしに、10マスのノートを与え、
ひらがなとカタカナ、数字の読み書きだけは、
しっかりと練習させました。
(それがイヤだった記憶はありません。
ただ、カタカナの「ミ」が逆の斜め線になりがちだったと
いうことは覚えています。)

そんな頃、わたしは、母が今回たまたまわたしの母親役を
やってくれているだけだということに気づいたのです。
(養母とか、そういう話ではありません。)
理由はあるような、ないような、です。
ただ、じっと顔を見ているときにそう思ったので、
「本当は誰なの?」と尋ねました。
その時は「何おかしなこと言うてんの?はよ寝なさい」と
言われただけでしたが。
人は、どこからきてどこへ行くのかという、
そのルートが全く個別のものなのだと「思い出した」瞬間でした。

その後、小学校に入学して、初めての授業らしき時間のこと。
わたしは愕然としていました。
「こんな程度のことを、こんなに何回も、アホにもの言うみたいに説明して、
これが勉強というものなの?えらいところに来てしもた…」と、
暗澹たる気持ちになっていたのです。
母に「勉強=難しいこと」と刷り込まれていたのに、
拍子抜けするような緩さと退屈な時間。
これは、わたしにとって、とても大変なことでした。

(つづく)

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s