あの頃のこと(8)泳ぐ方法

ブラシの木
これは、「ブラシの木」。初めて見たときには、あまりにもそのままの形状でビックリしました。

ひと学年14クラスもあると、学校の運営としてはとても大変だったと思います。(遠足や林間学校に際しては、電車の乗り降りさえ号令に合わせた練習が必要でした。モタモタしていると大きな遅延を引き起こすからです。)

そんな環境において、わたしはマンモス校ならではの「生徒としてのメリット」を見出していました。それは「自分のクラス以外にも居場所をつくれる」ということです。とにかく、人がいっぱいいるのです。クラス以外の、たとえば部活経由、または他の何か(ちょっとしたきっかけのようなもの?)さえあれば、自分の座る椅子くらいはどうにでもなると思っていました。

中学生という自意識びりびり時代において、自分でそのキャラクターを作ったり変更したりできるということは救いになります。
しかも、それは、目的や場面によって使い分けが可能なのです。(厳密には、「できると知っていること」が救いになるということです。)

自分のことを誰かは好み、誰かは好まない。成績や容姿や、その他の評価もある場面では頼りになり、別の場面では役に立ちません。そもそも、成長ホルモンの渦中にいるので、毎日が変化そのものです。基本的には、自分の好きなようにやるしかないのです。人に受け入れられたり、受け入れられなかったり、それはいろいろありますが、いずれも一時的なこと、一喜一憂するほどではないでしょう。(と、本当にそう思っていました。いや、どうかな?今だからこそ、そう思うという面もありますね。)

とにかく、わたしにとっての中学時代は、「多様性の中で、なるべく気分よく泳ぐ方法」を模索する時間だったのだと思います。(「多様性」という言葉は、大人になってから手に入れた用語です。セーラー服を着ていた頃に、そんな言葉は知らなかったものね。)

(つづく)

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