あの頃のこと(9)探し求めるもの

飼ったことがあるのは、ヤドカリと金魚、インコ。今は、犬も猫も飼いたいなぁと思っています。大人になり、犬電波や猫電波が使えるようになってきたからです。

手先が器用だったので、絵や文字は素早くきれいに描いたり&書いたりすることができました。(これも授業時間に退屈する理由の一つでした。)

ところが、中学に入学して初めて知り、驚いたのが「透視図法」です。「一点透視図法」と「二点透視図法」。共に画面に点を打ち、線を引き、それをガイドに遠近感のある絵を描く方法です。

「何これ!もっと早く教えておいてよ!そしたら、小学校での写生はもっと簡単にきれいに描けたのに!」これは、ほとんど怒りに近い気持ちでした。「こんなに簡単で効果的な方法があるなら、もっと早くから使いたかった!」。(絵は、たまに入選する程度だったのですが、これを知っていたら、もっとブラッシュアップできたのに、という思いがあったのです。)

「方法とは道具である」と、思い知った瞬間です。

わたしは、「透視図法」と同時に「黄金比」なるものにも俄然、興味を持ちはじめました。(「ミロのビーナス」です。今は「ミロビー」と呼んでいます。)この世には既に発見されている、美しい「ゴールデンルール」がたくさんあるのだ。でも、それらのほとんどをわたしはまだ知らない。知りたい!探したい!そういう欲求の芽生えです。

そもそも、わたしは「何にでもコツがあるだろう」という前提でいるので、なるべく早くそのコツをつかもうとします。そして、自分がそれをつかみつつあるか?と感じられる瞬間がとても好きです。もちろん、そこには大いなる勘違いが生じる可能性もあるのですが、学習能力ということに関しては、コツをつかもうとするのは大事なことだと思っています。これは、もうあれよ、「コツ=パターン」だからね、ということです。

そんなわけで、いよいよ「方法=道具」「黄金比」と共に、わたしを魅せる「美しいもの・美しいこと・美しいやり方」への意図的な探求が始まりました。これは、「ショートカットすること」への欲求とセットになり、「合目的的」で「合理的」かつ「スピード」を持つ「強い何か」への志向となっていきます。

(つづく)

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