あの頃のこと(22)電池切れとその次の世界

思い通りにいかないこともありましたが、あまりポカンとしていても仕方がないので、何とかしようとし、実際、何とかなりました。

「就社」した広告代理店では、まず見習いからです。先輩の営業に同行し、その後、広告原稿の小さなものを任されるようになり…。とにかく激務でした。通勤時間の長さとそのラッシュぶり、もう自分の仕事はないのに先輩が帰らないと、わたしも帰れないという職習慣。そうこうしているうちに、胃が痛むようになり、あえなくギブアップです。不本意でした。が、明らかに電池切れでした。充電システムを構築する技術も持っていなかったのです。今なら、配置替え等の方法で何とかなるかもしれませんが、その時は算盤で言うと「ご破算」の気分でした。社内の「爺」みたいな存在の人が退職願の書き方を教えてくれて、「この会社に合わなかっただけだよ。きっと君に合ったいいところが見つかるよ」と言って送り出してくれました。(久しぶりに思い出しました、この話。)

その後、グラフィックデザイナーとして独立していた先輩の紹介で、不動産会社へ。とりあえず、全く違う世界を見てみようと、気持ちを切り替えたのです。ここでは、秘書業務や経理、契約にまつわるあれこれを学びました。新鮮でした。大きな会社ではありませんでしたが、売買を業いとしていたので商いが大きかったのです。その中で、いわゆる偉い人たち(社長や先生と呼ばれる人たち:中には元首相も)の生態を観察することができました。金融機関や建設会社だけでなく、大小さまざまな企業のさまざまな立場の人に会うことになり、自分の世界も広がったように感じました。ほとんどの場合、社長の商談に同席しているだけでしたが、何年か経つと、小さな契約なら一人で行くこともありました。初めての経験には戸惑いもありましたが、わからないなりに何とかしないといけないことが多く、とても鍛えられたと思っています。

(つづく)

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