あの頃のこと(23)大げさに言えば「武士の躾」

京都の東福寺は、とても好きなお寺の一つです。昔は、神社やお寺になかなか興味が持てずにいましたが、今はいくつかアテンドできるコースも用意しています。

あるとき、雨の日に踏切で転んだわたしは、日頃の運動不足を痛感し、それを何とかするべくジャズダンスの教室に通うことにしました。(転んだことが相当ショックだったのです。)それから約10年間、数人の先生のクラスに通いました。体育大を出た先生や、歌劇団出身の先生など、いろんな先生がいらっしゃいました。どんな先生に付いても、お稽古場では常に姿勢を正しく保たねばなりません。わたしは、身長は高かったのですが姿勢がいいというわけではなかったので、少々努力を要しました。

それでも、自分の身体がイメージに近い状態で動くようになってくると、欲も出てきます。ある先生は、わたしに「皆が岡野さんみたいに上手になりたいと思ってくれていたらいいのだけれど…」と言いました。わたしは、「え?皆、上手になりたいと思ってないの?」とビックリしました。でも、まぁそうだったのでしょう。多くの場合、お稽古事は楽しむためのものでしかなかったようなのです。わたしは、どうして「上手になりたい」と「楽しみたい」が、択一問題になるのかわかりませんでしたが…。

それは、どんなことに対してもそうでした。「楽しくやりたいだけなんだから、そんなに頑張らなくてもいいじゃない」とか「一生懸命やっても、どうせ無理」とか、自分でそう思うだけならまだしも、口に出す人に遭遇するたびに驚いていたのです。目標を立てて、淡々とやる。これが普通のことだと思っていたからです。

わたしは父からうるさく言われたことが幾つかあります。セットになっていたのは、「嫌ならやるな」と「やるなら機嫌よくサッサとやれ」です。確かにそうなのです。運動の場合、嫌々やっているとケガの元になります。ゆえに、やるなら機嫌よくやるしかありません。父もスピードにはうるさい人でしたが、それは質を生むためには量、量を生むためにはスピード、ということが基準になっていたからです。この方針は、わたしも受け継いでいます。

他にも、「言っても仕方のないことは言うな」というのがありました。例えば、「暑い・寒い・眠い・お腹がすいた」は、自分で何とかできることならする、できないなら言うな、と言われていました。誰かにお願いしてどうにかできることなら、その旨を伝えるというのは選択肢としてアリです。でも、現実には言っても仕方のないこともあります。そこでの選択は、かなり自分を律するものになるはずなのです。そんな風に、どこか武士っぽく(?)育った面もあるせいか、18歳以上の躾は自分ですべきものなのだと思うようにもなっていました。

(これは、この記事とも関連します。)

(つづく)

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