あの頃のこと(24)血中ダンサー濃度

「踊りながら考え事はできない」と聞いたときの納得感!踊ることは、最も原始的なエンターテインメントの一つであったはずなのです。

ダンスと言えば、うちの家系は「血中ダンサー濃度」が、父方母方共に高いようなのでした。
父方の祖母は阿波踊りに遠征に行く(見に行くのではなく踊りに行く)人で、地元の盆踊りも子どもたちに教える係をしていました。
母方の叔父は、車に乗っていて江州音頭が聞こえると、何としてでもその場所を突き止め、夜中まで帰って来なかったらしく…。
弟(今田耕司さんに似ている)もまた、小学生の頃、夜10時を過ぎても帰ってこなかったため、
捜索に出た父に、汗だくトランス状態で踊っているのを発見されたほどでした。

ひとつ、思い出す詩があります。

    『いっしょ』
       オヤジの歩き方と
       弟の歩き方と
       俺の歩き方は
       三人ならんで歩いていると
       いっしょだそうだ
       つまり
       おじいちゃんの歩き方なのさ
           (三代目魚武濱田成夫)

まさに、これです。

わたしは子どもの頃から、踊り好きの祖母の歩き方や走り方によく似ていると言われていました。それは、不思議なようでいて、当然のこととも言えるのでしょう。

(つづく)

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