あの頃のこと(25)作詞家として

音楽業界も今よりうんと景気がよく、わたしのようなところにまで、仕事が流れてきていたのは事実です。

20代の頃はダンスに加えて、音楽もやっていました。楽器はほとんど何もできないのですが、頭の中に曲が鳴るので、出してしまわないと気持ちが悪いという状態だったのです。(多いときには3日で10曲というペースでした。)

そのうち、歌詞だけ世に出す機会に恵まれました。8月にクリスマスの曲を書き、作詞家デビューとなりました。24歳のときでした。新人の場合、コンペで自分の書いたものが選ばれる必要があります。大先生のように指名で注文が入るというわけではないのです。レコーディングそのものが立ち消えになることもありました。それでも、レコーディング現場に立ち会ったり、某事務所で某先生と会ったり、という体験は、刺激に満ちたものでした。それらは、わたしに自分の持っている可能性を強く思い起こさせてくれる出来事だったのです。

ただ、音楽用の詞を書くことは、自分の能力のごく一部だと感じていました。学校のレポート提出と同じです。納期に間に合うよう、可能な限りいいものを書く、というだけなのです。だから、言葉への強いこだわり等はほとんどなく、スタジオで直しが入っても平気でした。チームの一員としての仕事なので、歌いやすいように、届きやすいように、というのがわたしの決定の基準でもあったのです。

何しろ、音楽用の詞というのは、ある程度メロディーが言葉を連れてきてくれます。まずはそれをキャッチし、整理し、拡げて、収縮させて、と編集のコツさえつかめば、世界を切り取って形を与えることが(一応は)できるのです。

ただし、常にそれができる状態の自分でいる、ということが大切でした。

(つづく)

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