あの頃のこと(28)パリでのコミュニケーションと余白

旅行のときのカメラはいつも2台。1台はモノクロのフィルムを入れて、というのが、当時のわたしにとっての「普通」でした。

はじめての海外は、パリとロンドン。秋に10日余りの休暇を取って行きました。友人が雑貨屋さんをしていたので、その仕入れも兼ねた旅です。朝から晩まで、ランチの時間も惜しんで歩き、主なる美術館の制覇を目指しました。(そのときの写真を見ると、明らかに3日目あたりから痩せていました。)

特にパリで、わたしはよく道を訊かれました。フランス語を話す=パリの地理を知っている、とは限らないのですね。
わたしはフランス語は全くわからないのに、何を尋ねられたかはわかり、でも答えるのは京都弁以外にないという事態に何度も遭遇しました。
でも、わたしの京都弁は威力がありました。何とか通じていたのです。そもそも、なぜわたしに訊くのだ?そして、なぜわたしがその質問を理解するのだ?そして更に、なぜ京都弁がわかるのだ?フランスの人よ…。そんな数日間でした。

よく覚えているのは、ヴェルサイユにあった地元の人が行くスーパーでの会話です。セーターを選んでいたわたしに、あるお母さん(お客さん)が「あなた、セーターはこっちの色のほうが似合うわよ(フランス語)」と声をかけてきたのです。「こっちですか?じゃあ、これにしようかな?(京都弁)」「そりゃ、そうよ、こっちのほうがいいわ。ちょっと、〇〇ちゃん(と娘さんを呼び)、お母さん、今この人にセーター、こっちのほうがいいって言うてたんよー(フランス語)」「そりゃあ、こっちのほうがいいわ、よく似合うー(フランス語)」と娘さん。「ほな、こっちにしますねー。メルシー(京都弁)」とわたし。「コミュニケーション=やりとり」です。言葉ではない何かも総動員したのでしょう。

フランスならではの美しいものをたくさん目にし、連日、泡を吹いていました。

旅においては、自分がそれまで何を知らなかったのかを知る瞬間というのがあります。わたしは体験を通して、言葉がわからなくても何とかなる場合がある、ということを知りました。

旅行中は、今日明日どこへ行くのか、何を食べるのか、これは買うべきか(為替レート、大事!)と、普段よりも集中のターゲットが限られるせいか、脳にスペースができる感覚がありました。何かの自由度が上がる感じとも言えます。(一緒に行った友人は「そんなことないわー、多少なりとも緊張はするし、どちらかと言うとパツパツー」とのことでしたが。)

わたしは外国に行くと、国内を旅行するときよりも、なぜか余白ができてリラックスします。それは、とても心地よく、常にこの余白状態をつくっていたい!と思うほどです。

(つづく)

ただし、日本でお店の名前にイタリア語やフランス語が多用されるようになってからというもの、意味がわからないだけでなく、何屋さんなのかも不明な場合は多いです。美容室かな?ケーキ屋さんかな?それが何屋さんなのかわかった後も、お店の名前を覚えようという気が起きない場合は、勝手に「太郎」とか「次郎」などと呼ぶこともあるほどです。この場合、「言葉=記号」ですね。

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