あの頃のこと(33)日本語に訳されたフランス語と「ハニティー」

頭の中から音楽はほとんど消えましたが、その分、本を読む量が増えました。
もともと多い時には年間200冊を超えていたのですが、 読み方の質が変わったと感じたのがその頃でした。

紅茶やはちみつを使った料理・お菓子を紹介する教室も、カフェで提供したいと思っていました。(今もそう思っています。)

わたしはフランス語が日本語に訳されたものが好きなのだと気づいたのです。原語がフランス語のものはピンと来る、と言ったほうがいいかもしれません。じゃあフランス語で書かれたものが好きなの?と訊かれたら?のん、それは読んだことがないのでわからないのです。多分、日本語に翻訳されたものが好きなだけだと思いますん。(「仏日語」のリズムや気配が好みだとしか言いようがないのですが。)

受付に従事していた頃には、紅茶のお店をやりたいと思ったこともありました。すぐに紅茶の講習会に行きました。2時間で8種類の紅茶の淹れ方を教わり、いきなり情報過多&カフェイン過多です。「紅茶道」だなと思いました。
その時に描いた「紅茶とはちみつのお店」は今も頭にあります。『ハニー&ティー』という名前です。(これは、「ハニティー」と略称で呼ばれることを想定しています。)雪の降る日に物件も見に行きました。内装のイメージ(ティファニーブルーとクロームイエローの組み合わせ)も同時に出来ていました。
が、輸入が絡むであろうことと、カフェを併設(お菓子係はすぐに確保)して、この場所でどの程度の利益が出せるだろうか?と考えたとき、すぐに却下の結論が出ました。電卓が合わないのです。(その頃、既に、ほとんどの仕事はカレンダーと電卓のセットで算段できるものだと知っていました。)

このエメラルドグリーンの制服は「ジバンシィ」風で、とても気に入っていました。

この話が進まないことにガッカリした友人もいました。高校生の頃から、「何かやるときには雇ってほしい」という人は何人もいたからです。でもそういう人たちが実際に何がやりたくて何ができるのかを明らかにしているケースはありませんでした。つまり、楽しそうな何かにノーリスクで乗っかりたいだけ?ブブー。そんな人に座ってもらう椅子はありません。そういう人は、お客さんとして来てもらうしかないのです。この手の話になると、わたしはとても厳しくなります。

(つづく)

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